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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)5698号 判決 1978年8月25日

原告 中西義治

被告 株式会社桃林堂

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  請求の趣旨

1  被告は、その販売する菓子および、その包装に別紙イ号目録記載の標章を附し、または右標章を附した菓子およびその包装を譲渡し、引渡し、譲渡もしくは引渡しのために展示してはならず、菓子に関する広告、定価表または取引書類に前記標章を附して展示し、または頒布してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

三  請求原因

1  本件登録商標

原告は次の各商標(いずれも互いに連合商標)を昭和二九年一〇月一四日、前権利者津村喜太郎より譲受け(同年一一月一〇日登録)、現にその権利者である。

(一)  登録番号 第二一三〇八六号の一

登録商標 別紙図面(一)のとおり

指定商品 旧四三類菓子及麺麭の類(但し飴、飴菓子、有平糖及之等に類似する商品一切を除く)

出願日  昭和四年八月一四日

公告日  昭和四年一〇月二二日

登録日  昭和五年一月三一日

(以下甲商標という)

(二)  登録番号 第四〇二八〇〇号

登録商標 別紙図面(二)のとおり

指定商品 甲商標の商品と同一

出願日  昭和二三年七月九日

公告日  昭和二六年六月一三日

登録日  昭和二六年九月六日

(以下乙商標という)

(三)  登録番号 第四四五七〇六号

登録商標 別紙図面(三)のとおり

指定商品 甲商標の商品と同一

出願日  昭和二六年一一月一日

公告日  昭和二九年二月六日

登録日  昭和二九年五月二九日

(以下丙商標という)

2  各商標の構成

(一)  甲商標は別紙図面(一)に示すとおり、金太郎がまさかりをかついで、熊にまたがり、猿、兎、鹿を従えている図形の上部に「金太郎」の文字を右から左へ横書きしてなる結合商標である。

(二)  乙商標は、別紙図面(二)のとおり、「金太郎」の文字を縦書きしてなる文字商標である。

(三)  丙商標は別紙図面(三)のとおり、金太郎がまさかりを持つて立つ図形を円型で囲み、その上部に「金時印」の文字を右から左へ横書きしてなる結合商標である。

3  被告の侵害行為

(一)  被告は、和菓子類の製造販売を目的とする会社であるが、本件各登録商標の指定商品に該当する棹菓子(以下、被告製品ともいう)の販売に関し別紙イ号目録記載の標章(以下イ号標章という)を使用(ただし、商標法二条三項所定の使用)している。

(二)  右イ号標章は、原告の保有する本件各商標のいずれとも類似する。

即ち、被告のイ号商章は後にも述べるとおり「キントキ」と呼称すべき特定名称によつて成つているところ、原告の甲、乙商標を構成する「金太郎」とは坂田「金時」の幼名であり、古来より我国においておとぎ話の主人公として著名な人物であり、「金太郎」と「金時」とが同一の観念を生ずることは公知の事実である。従つて、被告使用のイ号標章は甲、乙各商標と観念において同一である。また、イ号標章が丙商標を構成する「金時印」の文字および図柄と観念、称呼、外観において、それぞれ同一または類似する点のあることも明らかである。そうすると、被告のイ号標章は結局本件各商標といずれも全体として類似するというべきである。

4  よつて、原告は被告に対し、原告の商標権を侵害するイ号標章の使用行為の差止を求めるため本訴に及んだ。

四  請求原因に対する答弁及び被告の主張

1  請求原因1項の冒頭部分、同項(一)の記載のうち出願日、公告日を除く部分、および同項(二)、(三)の記載のうち登録番号、登録日を除く部分は認めるが、その余の点は不知、

2  同2項の(一)のうち、金太郎がまたがつている動物は不知、その余は認める。

同項(二)は認める。

同項(三)のうち、「まさかりをもつて」の部分を除きその余を認める。円形内に描かれている幼児は何も持たないで立つているように見える。

3  同3項(一)のうち、被告製品の標章の一部としてイ号標章を使用していることは認めるが、その余は否認、(二)も争う。

被告会社は、大正一四年九月一七日板倉益太郎が「桃林堂」なる商号を称して始めた営業をそのまま承継しているものであるが、右「桃林堂」はその営業開始以来「化粧品、食料品、菓子、茶、薫料、天瓜粉」の製造販売を業としており、またその後昭和三六年一〇月二四日に設立された被告会社でも「菓子の製造販売」の他に「化粧品、婚礼儀式用品、文房具」等々、種々の商品の販売を業としているのであつて、原告のいうように和菓子の製造販売を専業としているものではない。

4  商品の非類似

原告主張のイ号標章が被告標章の一部にすぎないか否かは別として(後記5(一)(1)の主張参照)、これを使用している被告製品は、「(粒)ばかりのものであり、をかためただけの製品」であるから、同製品は、「旧四七類」の「穀菜類…及其の製品」中の「製品」における「類」に属する商品であつて、「他の類に属しない」商品である(旧商標法施行規則一五条に規定していた商品類別とその後新商標法施行前までに特許庁が公表した類似商品例集参照。原告主張の商品類別についても同じ。)。従つて、被告製品は、本件各商標が指定商品とする「旧四三類」の「菓子及び麺麭の類(但し、飴、飴菓子、有平糖及びこれらの類似商品を除く)」とは商品の類別を異にするものである。このことは旧商品類別がいわゆる材料主義をとり、材料を限定して指定商品を定めていることを考えても当然の帰結である。

以上の点につき原告は、右被告製品は「菓子」その中でも羊羮を含む「蒸菓子類」に属すると主張するが、一般に「菓子」というのは小麦粉又は米の粉もしくは餅などの存在を前提とし、これを根幹としているのに対し、「」は右のような小麦粉等の存在を前提とせず、またこれを根幹とするものではない。従つて、前記のとおりばかりをかためただけの被告製品は「菓子」とはいえない。ことに、本件製品は、「をかためただけ」のものであり、特段、を「特殊加工」したり、「蒸したり」したものでもないからいわゆる「蒸菓子類」には属しない。特に原告指摘の羊羹(「蒸菓子類」の一例とされているもの)はに、寒天を加え、蒸したり、ねつたりしてかためたものであるから、被告製品が羊羮でないことも明白である。いずれにしても、被告製品がこれら和菓子類に属するとの原告主張は理由がない。

もつとも、(イ)被告製品が百貨店の菓子売場等で販売されていること、および(ロ)被告製品の包装の一部に「菓子として作られた」趣旨にとれる表記部分のあることは原告主張のとおりである。しかし、(イ)の点については、それだけでは被告製品を菓子であると断定する決め手にはならない。需要者はあくまで被告製品を「ばかりをかためた」「桃林堂の時」としてこれを購入しており、菓子として購入しているのではない。菓子店舗で販売されるからといつてその商品を菓子と同一又は類似するものと即断することはできない(最判昭和三八年一〇月四日民集一七巻九号一一五五頁参照)。(ロ)の点も、右の表示は商標としての表示ではなく、またその趣旨も「菓子に入れる」のことを記述しているものにほかならない。

5  商標の非類似

(一)  被告標章と本件各商標との対比

(1) まず、被告製品が使用している被告標章は正しくは原告主張のようなイ号標章ではない。その構成態様は、「時」の文字を上部に、「桃林堂」の文字を下部にそれぞれ表示し、その中間部に小文字にて七行にわたつて「をかためただけのものでありますばかりの真味を賞翫して載き度いと存じますなるべく早くお召し上りください」と表示し、これらの文字を不可分一体に結合してなる構成態様の全体である(以下この全体をい号標章という。別紙い号目録参照)。従つて、原告主張のイ号標章すなわち「時」の文字は、右い号標章の構成の一部分であり、これだけを原告の各商標と比較することはそもそも無意味である。

(2) い号標章と本件各商標との対比

そこで、い号標章を原告の各商標と対比する。

まず、甲、乙各商標は、いずれも「金太郎」という観念のみを生じ、他意を観念する余地は全くないものであるのに対し、い号標章は「桃林堂の時」(ばかりをかためただけの製品)のみを観念するのであるから観念上においても、全く非類似である。

次に、い号標章は丙商標とも非類似である。すなわち、

(イ) 丙商標は、図形と文字との結合商標であり、図形部分が主要部分をなしているのに対し、い号標章は文字と文字との結合標章であるから、外観上、非類似であることは一見明白である。

(ロ) 称呼上においても、丙商標は、「キンタロウ」又は「キントキジルシ」の称呼を生ずるをもつて自然とするものであつて、他称を生ずる余地がないのに対し、い号標章は、「トウリンドウノキントキ」又はその略称たる「トウリンノキントキ」の称呼を生ずることがあるとしても、他称を生ずる余地は全くないのであるから、称呼上も又、両者は非類似である。

(ハ) 更に丙商標の「金時印」は、その図形部分と相挨つて、「金太郎の成人した後の名である金時」との観念を呼び起こすだけで、氷金時、宇治金時などのように「大粒のあずきを甘く煮たもの」という意味の「金時」を観念する余地が全くないものであるのに対し、い号標章よりは、その構成態様からして「桃林堂の時」すなわち「ばかりをかためただけの桃林堂独特の製品」を観念し、他意を観念する余地が全然ないものであるから、両者は観念上も非類似である。

(ニ) イ号標章と本件各商標との対比

仮に被告使用の標章がい号の全体でなく原告主張のようにその一部であるイ号であると解するのが正しいとしても、右イ号標章もまた甲乙丙各商標と非類似である。

すなわち、

(1) 甲乙各商標との対比

(イ) 被告製品は、もともとその命名にさいし、製品がをかためただけのものであるからこれに「氷金時」、「宇治金時」のような語句にみられる「大粒のあずきを甘く煮たもの」との意味を有する「金時」なる商品名を標章として採択しようとしたが、「金時」という語句には、他方「おとぎ話の金太郎の成人後の名」を意味することもあるので、特にこれと明確に区別するために、普通「金時」の「金」が「人ニハー一」(人には辛抱一)であるのを避け、これに代えて「時」すなわち「人ニ|―小一」(人に鍋小豆〔ゆで小豆〕一)という造語的な「」の文字を案出して、直ちには呼称することのできない独特の造語含みの文字を被告製品の標章として使用するに至つたものである。

従つて、甲乙両商標とは外観、称呼上非類似であることは明白である。

(ロ) また、観念についても、甲乙両商標は、おとぎ話の主人公である「金太郎」を想起するをもつて自然とし、他意を観念する余地は全くないのに対し、イ号標章は、一般取引者需要者において、「」が造語であるため奇異に感じ、判読困難な表示であるため「時」に特定の意味を伴う明確な観念は生じないものである。よつて、右両者は観念上においても非類似である。

又、これを取引の実際上の見地からみても、甲乙各商標が右のように「金太郎」のみを一義的に観念する他ないのに対し、イ号標章は被告独特の「ばかりをかためただけの製品」を直ちに連想観念するのが、その実情であつてこの点からも観念において甲乙両商標とは非類似であると解すべきである。

(2) 丙商標との対比

(イ) 丙商標の構成態様は、幼童の立つた姿を円形輪郭内に描き、その上方に右から左へ「金時印」と横書してなる図形と文字との結合商標であるのに対し、イ号標章は、造形的な文字「時」を特徴ある書体で縦書してなるものであるから外観上両者が非類似であることは、明白である。

(ロ) 次に称呼上においても、丙商標よりはその図形部分よりは、「キンタロウ」その文字部分よりは「キントキジルシ」の称呼を生ずるをもつて自然とするものであつて、他称を生ずる余地は全くないものであるのに対し、イ号標章は、「」の字が特異であるため「時」が判読困難であるため、なんら有語義的な特定の明確な称呼を生ずることのないものであるから、両者は称呼上も非類似である。

(ハ) 観念上においても、丙商標は、その図形部分より「金太郎」、その文字部分より「金太郎の成人した金時」を観念し、他意を観念する余地は、全くないものであるのに対し、イ号標章は前記のように判読困難な表示であるため特定の意味を伴う明確な観念は生じないものである。従つて、両者は観念上においても非類似である。更に、前項(1)記載のように取引の実際の見地から観察しても両者は非類似であること明らかである。

五  抗弁

かりに被告製品とそのイ号標章のいずれもが原告の指定商品とその各登録商標にそれぞれ同一または類似しているとしても、右被告製品とそのイ号標章は原告の本件各商標登録出願前である大正一四年九月一七日以来板倉益太郎が被告肩書地においてこれを製造、使用してきており、これが不正競争の目的を有しないことも明らかである。そして、被告は右益太郎の業務をそのまま承継した者であることも先に述べたとおりである。また、右イ号標章は現に被告製品を表示するものとして需要者間に広く認識されている。

従つて、被告は、原告の本件各商標権が存在するにもかかわらず、被告製品についてイ号標章を使用する権利(いわゆる先使用権。商標法三二条一項参照)を有している。

六  抗弁に対する答弁及び原告の主張

1  抗弁事実は否認。

2  商品非類似の主張について

被告は、被告製品が旧四七類「穀菜類…の製品」中の「類」に属し、原告各商標が指定した旧四三類の「菓子及麺麭の類」とは商品の類別を異にすると主張するが、旧四七類で例示されている「類」とは穀類の一種である小豆や大豆等を原料として製品化した「類」、即ち、通常団子や饅頭の原材料として使用されるものをいうのである。ところが、被告製品は「類」そのものではなく、それを更にかためて、特殊加工して製造した「蒸菓子」(旧四三類菓子の一類)の一種であり、通例棹菓子と称されているもので、旧四三類「菓子及麺麭の類」に該当することは明らかである。

また被告は専ら和菓子類を製造販売している会社であつて、現に被告製品は、他社「羊羮」類と同様の外観、品質を有し、百貨店菓子売場、菓子店舗で「菓子」として販売され、一般需要者もこれを他の団子や饅頭類の材料にするために購入するのではなく、「菓子」として購入しているものであり、これら取引の実情からしても、被告製品は「菓子」というべきである。

3  イ号標章の判読について、

被告は、イ号標章を構成する文字が一般に奇異に感じられ、判読困難であるというが、被告主張の「時」の語源からいつても「キントキ」と称呼されるのは一般にたやすいことである。このことは被告製品の同標章部分に特段振仮名を付していないことからしても明らかである。むしろ、イ号標章を音読不可能とか「キントキ」以外の他の読み方があるとか考える方が難しい。

七  証拠<省略>

理由

一  (原告の甲乙丙各商標権の存在、内容および構成)

原告が請求原因1項記載のような甲乙丙各商標権を有すること、および右各商標の構成の大要が請求原因2項記載のとおりであることは次の事項を除き(すなわち(イ)甲商標の出願日と公告日、(ロ)乙、丙商標の登録番号と登録日、(ハ)甲商標で金太郎がまたがつている動物が熊か否か、(ニ)丙商標で金太郎がまさかりをもつているか否か、を除き)当事者間に争いがない。

そして、右争いある部分がすべて原告主張のとおりであることは成立に争いない甲一ないし四号証および当事者間に争いない甲、丙各商標の図柄を通常の視覚に訴えて観視することによつて明らかである。

二  (被告の商品販売とその使用標章)

被告がかねてからその原料・製法は別として本件被告製品を業として製造販売し、かつ右製品の標章として少くともイ号標章(それが標章の一部にすぎないか否かは暫らくおく)を使用していることは被告が自認するか、または明らかに争わないところである。

三  (被告の甲乙丙各商標権侵害の有無)

原告は、被告の右イ号標章使用は原告の甲乙丙各商標権を侵害するものである旨主張するので、以下その当否について検討する。

1  (商品の同一性について)

原告の各商標における指定商品が旧四三類菓子及麺麭の類(但し、飴、飴菓子、有平糖及之等に類似する商品一切を除く)であることは当事者間に争いない――なお、以下、商品の類別については旧商標法(いわゆる大正一〇年法)、同年一月一一日施行の同法施行規則一五条所定の商品類別およびその後現行商標法が施行されるまでに公表され累次の改訂をみた特許庁の各類似商品例集参照――。

そこで、これを被告製品に照らしてみるに、成立に争いない甲五ないし七号証、八号証、一一号証の一ないし三、証人板倉與兵衛の証言により真正に成立したと認める同二ないし六号証、一二ないし一五号証に右証人の証言および弁論の全趣旨を総合すると、(イ)被告製品は小豆をたきあげこれを主原料としてとし、これを冷やして羊羮様の直方体の形状に固めたものを竹皮様のもので包み、その上に、表には被告主張のような号標章を、裏には広告説明書を印刷した包装紙(甲五号証)をもつて包装したものであること、(ロ)被告は八尾市に本店を置き菓子製造等を業とするものであつて、その宣伝チラシ(甲七号証)でも自社製菓として本件製品を「金時、粒を棹にした竹の皮包み」として他の「羊羮」「もなか大坂」「つれづれ」「志そまん」「華山饅」等の菓子と並べて宣伝紹介していること、(ハ)前記包装の説明によるとその食し方としてそのまま菓子としてばかりの真味を賞翫することをすすめており、その包装態様からしてこれをさらに加工して他の二次製品たる菓子を製造するための原料として販売しているとはとうてい解しえないこと、(ニ)現に被告は本件製品を八尾市近辺の旅館等にいわゆる茶菓子として販売しているほか、大阪市内の阪急、三越等著名百貨店の菓子店舗で他の羊羮等の菓子と並べて販売していること(このことは被告も自認するところである)、以上のような事実が認められ、右認定事実を左右する証拠はない。

右認定事実によると、被告製品は、その外観はもとよりその材料からくる味、食し方、販売方法、被告自身の宣伝紹介方法等いずれの点からみても、前記旧四三類所定の「菓子」であつて、かつ、飴、飴菓子、有平糖またはこれらに類似する商品ではないことが明らかである。

もつとも、言語学上「菓子」とは正確には「米、小麦の粉、餠などに砂糖、などを加え種々の形に作つたもの」を指すことは被告主張のとおりであり(岩波書店発行「広辞苑」により当裁判所にも顕著な事実)、これによると被告製品はをそのままかためただけのものである点において右の定義に属しないということができる。また、前掲規則による類別の例示および類似商品例集により、「菓子」の下位概念である干菓子類、蒸菓子類該当欄の商品名(ことに蒸菓子類に該当する羊羮――その原料、製法は被告主張のとおりであると認められる――最中、饅頭等)を見ても、正確な定義上その原料の点で本件製品にそのまま該当する商品は見当らないように見える。

しかし、一般に商標法上ある商品(本件製品)が特定商品名(「菓子」)の範疇に属するか否かその同一性の有無を判断するにさいしては、必らずしもその商品名の正確な定義にこだわる必要はないと解すべきである(言語の意義用法が社会的歴史的条件によつて変遷をたどること、言語は日常生活においてはしかく正確には用いられていないこと等も参照)。「菓子」の場合についても必ずしもその材料の正確な定義にこだわる必要はなく、原材料の点で正確には多少既成概念と異なるところがあつても、その形状、用途、取引の状況等を考慮すれば、社会通念上「菓子」と称して不自然でないものはこれをその範疇に属すると考えるのがむしろ当然である。また、前記規則による商品の類別等は特許庁における審査手続上の基準を示す例示であつて、該当商品を網羅したものでないことも多言を要しないところである。従つて、以上のような点も前示判断を左右するものではなく、また被告挙示の判例も本件と事案を異にし、前示判断を妨げるものではない。その他以上の説示に反する被告の主張(ことに本件製品を旧四七類の穀類の製品たる類であるとの主張)はとうてい首肯し難い。

そうすると、本件製品はまさに原告の保有する各商標権が指定した商品に該当する。

2  (商標の同一または類似性について)

(一)  被告の使用標章

被告が本件製品を販売するにつきイ号標章を使用していることは当事者間に争いがないところ、被告は、右は被告使用標章の一部にすぎず、被告の使用標章は正しくはイ号を含むい号標章全体と解すべきである旨主張し、本件製品の包装表部分にはい号のような表示すなわち、縦長の長方形のスペースを利用して「時」の文字を上部に、「桃林堂」の文字を下部にその中間部に七行に亘つて小文字の、各記載がなされていることはすでに認定したとおりである。

しかし、被告は自らの広告チラシにおいても本件製品を単に「金時」として紹介宣伝していることは先に認定したとおりであるし、前記包装の表の表示を検討しても、その中間部分の七行よりなる文言は、被告製品の品質や食し方を宣伝、紹介したものに過ぎず、この様な長文が一見して商品の出所識別機能を果さなければならない商標の一部を構成するものとは到底言い難い。また「桃林堂」なる文字は、被告会社の商号中、「株式会社」を省いたその要部を表示したものにほかならず、結局、被告製品の標章と目されるのは、「時」なる記載部分(イ号標章)のみであると解すべきである(これに反する証人板倉與兵衛の証言は採用しない。)。

よつて、以下、イ号標章を本件各商標と対比検討する。

(二)  イ号標章と甲乙各商標との対比

まず、甲商標は、ほぼ正方形の四角な区画のなかに、金太郎がまさかりをかついで、熊にまたがり、猿、兎、鹿を従えている図形を描きその上にやや小さく平凡な墨書体で右から左へ「金太郎」と横書きしてなる結合商標であり、乙商標は、平凡な墨書体で「金太郎」の三文字を縦書きしてなる単純な文字商標であることが明らかである。

そこで、これらをイ号標章と比較するに、一般に商標の同一性または類否の判断は対比される標章を使用する商品の出所につき誤認混同が生ずるおそれがあるか否かを最終的な基準として、該標章の外観、観念、称呼等によつて取引者に与える印象、記憶、取引の実情等を総合して全体的に判断すべきである(最判昭和四三年二月二七日民集二二巻二号三九九頁参照)。しかるに、イ号標章はその外観、称呼の点において本件甲乙商標と何ら共通するところがないことは明白で、原告もこの点については特段右に反する異論を述べていない。

そこで次に観念の類似性についてみるに、右各商標の一部または全部である「金太郎」なる語が、足柄山で育つた怪童を指す伝説上の人名で、源頼光の四天王の一人坂田金時と称する人物の幼名であるとされて古くから我が国で親しまれていることは当裁判所にも顕著な事実であり(成立に争いのない甲八ないし一〇号証も参照)、その限りにおいてイ号標章たる「時」は観念上右各商標と共通性の存することは否みえないところである。しかし、他面、(イ)「金太郎」はすでにそれ自体個性をもつた足柄山の怪童の名であつて、成人たる坂田金時とは聞いたときの印象が異なると言えなくはないし、(ロ)また、「金時」には第二義として「小豆を甘く煮たもの、これに氷をかけた食品」または「鮮明な赤色」(「金時小豆」参照)との意味が存するところ、イ号標章を使用している本件製品はまさに小豆を主原料とする菓子商品であるから、イ号標章からくるイメージはむしろ右第二義であると考えられる。そうでなくても、近時においては社会生活の多様性に伴い、お伽噺のようなものがかつてほど生活に密着しているとも考えられず、「金時」なる用語自体、通常の社会生活では前記のような往時の人名を想起するよりは右第二義を想起する方がむしろ多いと思われること等の点を考えると、本件においては「金太郎」と「金時」との観念上の関連性はかなり稀薄であると解され、(ハ)さらに、イ号標章の「時」なる文字は、被告が主張するように「造語を含むから通常人が一見しても直ちには特定の観念、称呼を生じさせない。」とまではいえないとしても(平凡社発行の「書道全集」第二巻や西東書房発行の「五體字類」には「金」の書体の一つとして「」の字を挙げており、これを被告のように造語というのは誤りである。)、右字型はそのいわゆる篆書体と思われる独特の書体と相俟つて単なる文字というよりは一種図案的な色彩をも帯び独自の自他識別力をかもし出しており、また被告としては本件製品の包装にイ号標章を付するさいは必らず自社の商号の主要部たる「桃林堂」なる文字その他と一体として使用している(すなわち、い号標章の態様で使用している)ことが前記認定の事実により明らかであり、これらのことは、観念の点でイ号標章を甲乙商標の平凡な書体の「金太郎」と比較するさいに、さらに両者の距離を遠くしていると考えられる。

はたしてそうだとすれば、甲乙商標がイ号標章と観念上類似していると断ずるにはなおちゆうちよを覚える。ことに甲商標においては「金太郎」の文字は図形に比べて小さいため必らずしも甲商標の要部といえない点もあり、これを全体的に観察すると、これをイ号標章と観念上類似するというのは困難である。

結局、イ号標章が甲乙商標と類似するとの原告の主張はこれを肯認することができない。

(三)  イ号標章と丙商標との対比

まず、丙商標は、かなり太い線で描かれた円形の中に金太郎がまさかりをもつて立つ図柄が描かれ、右円形の上部に右円形の直径の四分の一弱四方に納まる程度の大きさで、右から左へ平凡な墨書体をもつて「金時印」なる文字を配したものであることが明らかである。

そこで、イ号標章をこれと比較するに、いまイ号標章を丙商標の「金時印」なる文字部分とだけ比較すると、一応はその観念、称呼、外観において共通するところがあり両者は類似するように考えられないではない。しかし、丙商標の構成を全体的に観察すると観者に最も強い印象を与える要部は太い線の円形とその中に描かれた「金太郎」の図柄であつて、「金時印」なる文字は右の要部を説明するために小さな字を附加したものと解すべきであつて、右文字部分のみを取り出し部分観察をして類否判断の対象とすることは相当でない。むしろ、イ号標章は丙商標の図柄部分を中心にして全体的な印象によつて対比されるべきである。そうすると、丙商標はその文字部分が「金時印」とあるにもかかわらず、むしろ「金太郎」の図柄が強く印象付けられ、観者に訴えるところは、結局は、前記甲商標の場合と同旨の理由により、イ号標章を類似するものとするほどの印象を与えるものとは即断できない。その他もともとイ号標章がその独特の字体と書体により図案的色彩も帯びて独自の自他識別力を備えていること等を彼比検討すると、両者がその出所において混同されることはほとんどありえず、結局、イ号標章が観念、称呼、外観において丙商標と同一または類似するとの原告の主張もまたにわかに首肯し難いところである(なお、丙商標は文字と図形とが互いに独立して結合した結合商標とも解し難いから、最判昭和三八年一二月五日民集一七巻一二号一六二一頁は本件と事案を異にすると解される。)。

(四)  結論

以上のとおりであるから、被告の使用標章(イ号標章)は本件甲乙丙各商標と同一または類似するということはできない。

3  (被告の先使用権の存否について)

のみならず、本件においては、被告は本件製品に関しイ号標章を使用するにつきいわゆる先使用権を有していると解すべきである。すなわち、前掲乙一ないし七号証、同一二ないし一五号証に前掲証人板倉與兵衛の証言を総合すると被告の五(抗弁)における主張事実(ただし、その承継関係を正確に敷衍すると、大正一四年九月一七日板倉益太郎によつて草創された桃林堂の業務は昭和一一年一一月五日家督相続によりそのまま子板倉太郎に承継され、同人はこれを昭和三六年一〇月二四日設立された被告会社にそのまま譲渡したものである。)を認めるに十分であり、他に右認定事実を左右する証拠はない。

四  (結論)

よつて、原告の本訴請求はいずれにしても理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畑郁夫 中田忠男 小圷真史)

イ号目録(原告主張の被告標章)

い号目録(被告主張の被告標章)

図面

(一)

(二)

(三)

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